■『クロスゲーム』とは

筆者私物

筆者私物


この作品を一行で書くとしたら、
主人公と4人姉妹との野球に恋に人情の青春漫画
という具合である。
あだち充といえば、
『野球・幼馴染・三角関係』
の鉄の三原則がお決まりで、筆者は密かに【充の三原色】と呼んでいるのだが、よかったらあだち充作品について語る時に遠慮なく使っていただきたい。

王道設定まっしぐらって感じの作品としては「タッチ」はその極みであるが、クロスゲームは、タッチの要素にもっと漬物石を乗せたような感じ。
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※画像はイメージです。

遠回しなセリフ、絶妙な間の取り方、登場キャラたちの独特なテンポの会話、漫画ならではのコメディー、
「これぞあだちワールド!!!」
と、真夏の青空の下、青々と茂る芝生の上で、大声で叫びながら大の字に寝転がりたくなる。
物語的には、切なさの比重が多めの『クロスゲーム』
今回は、「読む気ないけど、ネタバレだけ知りたい」って人に向けて書いた記事


と見せかけてただの筆者の感想壁打ち記事。

毎度のことですみません。

■『クロスゲーム』は1巻で終わり1巻で始まる

クロスゲーム1巻表紙

クロスゲーム1巻表紙

左が主人公の光、右がヒロインの若葉
背表紙が日焼けしてるのは気にしないで!!
クロスゲームの一番重要且つ一番読み込むべきは、何と言っても「1巻」

もう一度言う、「1巻」
全17巻あるうちの一番最初に色々と持っていかれるのが「1巻」

だと筆者は思う。

もはや1巻で1つの物語が完結していると言っても過言ではないってくらいの出来栄えなのだ。

主人公・樹多村 光(きたむら こう)の幼少期の話なのだが、ヒロインで幼馴染みの月島若葉(つきしま わかば)とその姉妹達や友達、家族との付き合いなど、言うなれば登場人物たちの設定説明的な描写がメイン。

クロスゲームは「プロローグに丸々1巻使っている」というのがポイントなのだ。


主役はもちろん、光と若葉の幼少期の2人。
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習い事の送り迎えをしたり、ほっぺにお礼のキスをしたり、マセまくった小学生の主人公とヒロインの淡い恋物語が心地よいテンポで進んでいく。

「恋仲か」ってくらい仲の良い2人は、いつも一緒にいて「将来は光のお嫁さんになる」的な子供らしい夢も持っていたりいなかったりラジb

ほほ〜んなるほど。
この2人が高校生になって、光が高校野球のエースとかになって、ライバル現る、そして、三角関係になっていくわけだな。さすがだぜ充…。

とか読みながら先の展開を安易に予想していた筆者。

きっと誰もがそう思ってたはず。
あだち充作品が好きな人であればあるほど、この後の展開に、食道・胃腸・肺・膵臓・肝臓・心臓ついでに膀胱と度肝を抜かれたに違いない。

なんてったって、
ヒロインが1巻で死んでしまうのだから。

しかも水難事故。

キャンプに行っていた先の川に溺れて死ぬ、と言う青春漫画のヒロインとは思えない死に方である。
あだち先生の風景カットのコマ

あだち先生の風景カットのコマ

手抜きに見えて実は絶妙な間をとって挟み込んでくる風景カット。
若葉が死ぬ寸前の水流の描写を入れてくるあたり、鬼。

注目すべきは、その情緒を表す風景カットのコマ。

1ページ丸々使って川の水流と「ザーッ」という擬音だけで、この後に起こる出来事(ヒロイン若葉の死)の予兆を表現している。

ここの1ページ、めっちゃ仕事しすぎェ…。

さらに読み手の心を抉るのは、光。

若葉のお葬式が行われても光は全然泣かないのだ。

一緒に行こうって若葉と約束してた夏祭りに1人で行く光が描かれている。

「もうほんとなにやってくれてんの充(号泣)」って感じだった。
光は祭りから帰ってくると、泣きながら素振りをしている若葉の妹・青葉の姿を見る。

普段から気の強かった青葉が流す涙を見て

「泣けばいいんだ…」

と気付く光に筆者 モウ ムリ…
本作における、光の最初で最後の涙のシーン

本作における、光の最初で最後の涙のシーン

これ以外で光が泣くシーンは1回もない。

ヒロインの死で終わるクロスゲーム1巻。

逆の言い方をすると
ヒロインの死によって物語がスタートする本作

本編はこの後の2巻から始まるのだが、2巻からは若葉の妹の青葉がヒロインとなる。

“若葉の死”という鎖に縛られたままの2人が、どう生きて成長し、恋をしていくのか。
最終巻までの残りの16冊で緻密に描かれていく。

\充、最高!/

■あだちワールドの三原色『野球・幼馴染・三角関係』

冒頭でも触れたように、あだち充作品は『野球・幼馴染み・三角関係』の3つの要素が練り込まれることが多い。
このクロスゲームも、ガッツリミッチリムッツリこの三原色で構成されている。

主人公の光、ヒロインの青葉が野球をしている。
幼馴染については言わずもがな、光と月島家の姉妹の関係が幼馴染ということ。
3つ目の三角関係については、物語の後半、死んだ青葉にそっくりな滝川あかねが新しく登場する。
クロスゲーム11巻表紙

クロスゲーム11巻表紙

左が青葉、右が若葉にそっくりな滝川あかね
あかねの登場によって、若葉の死から止まっていた光と青葉の時間が動き出す。
青葉は、目をそらしてきた幼馴染とも恋とも取れない光への感情が徐々に表に出始め、光も若葉にそっくりなあかねを少し意識し始める。

■『でも、奪っちゃダメだからね』

1巻では、青葉がヒロインになる伏線が描かれている。
それが、青葉の好みの男の子について話すシーン。
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青葉の好みは“160kmのストレートを出す人”
これが大きな伏線となり、最後の回収作業があまりに素晴らしすぎる

ちょっとした野球試合(勝負)で青葉に負けたことで、”負けず嫌いな性格”の光は野球を始める。

当時の若葉はそれを見て、光はいずれ160kmの球を投げるだろうと思うのだ。
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青葉に「光は160kmを投げるようになる」と言う若葉

光をやたら嫌う青葉に対して、若葉は「光は160kmだってだせちゃうかもよ」と焚きつけるように言うのだが、この時の若葉の真意はちょっと分かりにくい。

おそらく、光と自分の仲に青葉を率先して入れていきたいわけではないのだが、姉としての「そんなに光を嫌う必要ないんじゃない?」という気遣いなのかもしれない。

だけど、一応線は引いておく。

そうして言った言葉。

『でも、奪っちゃダメだからね。』
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若葉のこの言葉が青葉にとって忘れられない言葉になる。

その言葉が、青葉にとって一生外れない楔となっており、光に対してずっと「大嫌い」の態度を取ってきているのだ。
この「大嫌い」という言葉が後にとんでもない意味に変わる。
その時に、あだち充の偉大さに打ちのめされるのだがそれは追い追い…。


普通の少女漫画なら「伝えたいけど伝えられない」のは、超盛り上がりそうな恋設定だが、そうはさせないのがあだち充。

光や青葉にとって”若葉の死”とは、自分の感情や幸せを犠牲にしてでも持っておきたいもので、忘れたくない出来事。
光にとっては若葉を残して自分が幸せになるなんて考えていないし、青葉は若葉を裏切るようなことをしたくない。

だから二人は平気で自分の感情を消すし、何も抱いていないかのように振る舞うし、涙も流さない。

つら…つらすぎるぞ、ここの主人公とヒロイン…。

だが、あかねの存在や彼女の言葉に2人が大きく変わっていく。
11巻以降の読みどころである。

■キーワードは『ウソつき』

さて、クロスゲームを語る上で絶対に避けて通れないのは

「光はウソつき」


という話。

本作には、時々、主人公の光がウソつきな性格をしているといった描写がある。
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“性格がウソつき”というのは、よくある設定だが、クロスゲームにおいて光の「ウソ」というのは後々大きな意味を持ってくる。


その伏線の運び方が絶妙すぎて「充ぅぅううううう!!!!(大の字)」と叫ばすにはいられない。

それがクライマックスとなる16巻と最終巻。

甲子園をかけた予選試合。
最後の決勝戦の前日。
明日勝てば甲子園。


そんな日に、光は青葉に3つのウソをつくのだ。

■主人公・樹多村 光(きたむら こう)の“3つのウソ”

あだち充先生が描く、恋の進展は非常に詩的だ。

少女漫画のように「好きだ!」「私も!」なんてゆるやかなカーブを描くキャッチボールはしない。
いつも間接的に、だけどよく解読するとストレートなのだ。


青葉は、自分とあかねを比べた時「好きなのはどっち?」とやや冗談ついでに光に聞く。

それに対して光はこう答えた。



「ウソついてもいいか?」

クロスゲーム16巻

クロスゲーム16巻

光が青葉へ向けた3つのウソを言う瞬間

1つ目のウソは、【甲子園に行く】

2つ目のウソは、【160kmを出す】

そして、3つ目のウソは【月島青葉が一番好きだ】


「ウソをつく」という言葉の意味をそのまま捉えるなら、上記の3つはこうなる。


・甲子園に行けない(進出戦に勝てない)


・160kmは出せない

・月島青葉は一番好きではない(恋愛対象ではない)


甲子園行きをかけた決勝戦。

甲子園行きをかけた決勝戦。

青葉が光のウソを思い出すシーン

ここで重要なのは、

【光はウソつきな人間】である

ということ。

ウソつきの光が「ウソをついていいか?」と言う。
つまり、ウソつきが言う「ウソついてもいいか?」は、「ウソをつく」ことがそもそもウソなのだ。


散々貼られてきた『光はウソつきな人間』という伏線が、ここで回収されることになる。

■樹多村光の告白は、3つの“本当”

光は、決勝戦の試合中に3つのウソが本当である事を青葉に証明する。

もうそれがど〜〜〜しようもないくらいエモすぎるので、超読んでほしい。
クロスゲーム17巻

クロスゲーム17巻

この日、最速の球を投げるシーン

光の球速は、試合が進むたびに増していくのだが、ついにとんでもない速さの球を投げる。

しかし、球速表示には出ないアクシデントが起こる。

結果的に160kmあったかどうかはあやふやなのだ。
(こういうはっきりと明言しないところもあだち充先生らしくて…好きだッ!)

こうして、2つ目のウソを“本当”に変えた
クロスゲーム17巻

クロスゲーム17巻

球速表示が出ないものの160km出ていたことが示唆された

この球はボールとなり、四球(フォアボール)で二死 一、二塁。

そして延長12回、2対1でゲームセット。
光たちの学校が優勝となり甲子園へ行きが決まる。

1つ目のウソを“本当”に変えた。
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甲子園進出が決まったシーン

光は、青葉についた3つのウソのうち2つを“本当”に変えた事で、【月島青葉が一番好きだ】という3つ目のウソも“本当”である事を証明し、青葉に間接的に「好き」を伝える。

少女漫画顔負けのトンデモナイ告白シーンが約150ページに渡って描かれた。

こりゃたまげた!!あだち充、やはり貴様が神だったか!!!(大の字)

と、読めば誰もが思うだろう。

ヒロインに“ウソをつく”というウソをついて、「好きだ」という気持ちを伝えてくる主人公なんて他にどこにいるってんだい。

こんな作品が描けるのは、やはりあだち先生しかいない。

■月島青葉の「大嫌い」の意味


光からエモエモのエモな告白を受けた青葉の返答も肩を並べるエモさだった。
決勝戦を終えた光は、外で待つ青葉を抱きしめる。

これは、ライバルの東に「月島青葉を思いっきり抱きしめてやれ」と言われたからである。
(おそらく言われなくても抱きしめたと思うが)

最後に光の背中を押したのは東だった、という非常に素敵な1シーン。

東よ、君に幸あれ。

一方、抱きしめられた青葉は、マジの表情で渾身の平手打ち(笑)
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これは痛い。

普通ならここは抱きしめられて嬉しいシーンじゃないの???
と思うかもしれないが、これでいいのだ(cv.雨森雅司)

ここからがあだち充作品の真骨頂。
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月島青葉のフルバーストモードで放たれる『大っ嫌い』

平手打ちをかました青葉は、『あんたなんて大嫌い』の一言を光に言い放つ。

それに対して光は『知ってるよ』と答える。
しかも『たぶん、世界中で一番』とつけ加えて。

その言葉に青葉は『ずっと大っ嫌いだったんだから』と涙を流しながら光の胸に頭を埋める。



「大嫌い」から「大嫌い“だった”んだから」に変わるのが重要。
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そのコマの間に『ウソついてもいいか?』『いいよ。』の回想台詞を差し込んでくるあたりな!?


非常によろしくない。
充よ、これは非常によろしくないぞ(褒めてる)



若葉に言われた『奪っちゃダメだからね』に縛られ、自分の気持ちに蓋をしめてきた青葉は、ずっと「光が大嫌いな青葉」であり続けた。

そして、青葉はただの一度も光に「好き」とは言っていないのである。
これが、月島青葉の精一の告白。
仕上げは、長女・一葉(いちよう)のこの言葉である。
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1巻の涙のシーンがここで拾われるとは…
まるで最後の仕上げに添えるローリエの葉並みのお言葉。
あだち先生、ほんと、あなたって人は…

■『大嫌い』って書いてあるのに『好き』と読めてしまう、それがあだち作品


あだち先生が描く間の取り方は、どの作品でも毎度その凄さを痛感させられる。

セリフが一切ないシーン。
見開き丸々風景だけのコマ。

無駄のように見えて、実はこの間の取り方が絶妙。
この沼にはまると二度と出てこられない。(経験者談)

漫画を読んでるはずなのに、アニメを見ているようなそんな感覚になってくるのがあだちワールド。

そして、「好き」の表現が概念を覆す描写で攻めてくるところもうたまらん!!
ていうかけしからん!!

決してデレる瞬間があったわけでもなく、ずっと「嫌い」って言い続けるヒロイン青葉から惜しみなく滲み出る最後の「好き」の感情がたまらなかった…

「大嫌い」って書いてあるのにそれを「好き」って読めてしまう漫画は、これ以外にあるのだろうか。



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